加藤隆則『中国社会の見えない掟―潜規則とは何か』(講談社現代新書)

中国社会の見えない掟─潜規則とは何か (講談社現代新書)

中国社会の見えない掟─潜規則とは何か (講談社現代新書)

本書は多様な実例を紹介しながら、中国社会に厳然と存在する潜規則に焦点を当てて論述している。著者は先日紹介した読売新聞中国取材団『メガチャイナ』(中公新書)でも執筆した経験を持つ。

この潜規則を端的に言えば同じ仲間同士で適用される暗黙の了解であり、時にそれは法律の文面よりも重視される。その最たる物は「面子を保つ」ことに対する執心である。中国社会は面子を守ることを大事にする。お互いにそのように配慮することは当然として、面子と面子が衝突した際は大きな面子を守るためには小さい面子は引っ込むのである。この面子が中国社会で大きな影響力を持つ。大きな面子とは即ち警察や官僚の面子であり、社会の調和という名の下に庶民は理不尽を強いられることが屡々なのである。

一方で漢民族に根強い大統一志向・華夷思想は、独立心を持つ少数民族に対して抑圧する方向に力が作用する。著者は

 いつもは政府の宣伝工作を信じない漢族も、民族問題についてはすんなり受け入れる。無神論華夷思想少数民族の文化や宗教に対する理解を阻んでいる上、漢族を基準値とする愛国の物差しが、少数民族の権利を飲み込んでしまう。
(第十二章「国旗は漢族のもの」p.240)

と述べ、チベットの指導者であるダライ・ラマに関する事例を通じて中国の少数民族政策を語っている。また、外国人(特に欧米人)は「外賓」として遇され、仲間内で適用される潜規則とは別のルールが適用される。


中国は日本と比べて色々と異なる側面を持つ、と認識するかも知れない。しかし、それは単純に中国が共産党一党独裁体制で民主主義体制とは相容れない社会構造をしているからだ、とかそういう単純な理屈ではない。中国には積み重ねてきた歴史があり、その歴史によって育まれてきた因習が今の潜規則を形成している。魯迅林語堂が著作で表現した中国人像は今でも適用されうる。一面的に捉えるのではなく、歴史を知り、文化を知ることの積み重ねが異国の社会制度理解の視座を与えるのではなかろうか。