岡本隆司『李鴻章』(岩波新書)

李鴻章――東アジアの近代 (岩波新書)

李鴻章――東アジアの近代 (岩波新書)

清末に活躍した軍人にして、日清戦争で日本と対峙した清軍の総指揮官である。

本書は李鴻章の生涯を追いながら、

社会からまったく離れた個人は存在しないから、史上の人物をうまく追跡すれば、過ぎ去った時代そのものを復元できる。(プロローグ)

とし、科挙に合格して曾国藩に師事するところから、太平天国の乱の鎮撫を命ぜられて上海を掌握し、日清戦争で日本と対峙するまでその即席を時代背景を描きながら清末の動向を上手く追っている。李鴻章の幸運は偶然にも師事した曾国藩太平天国の乱の鎮撫を命ぜられ、その部下として治績を挙げたことだろう。

先日紹介した『中国近現代史』も共通して指摘していることだが、当時の清は日本と比べて民衆の識字率・教育水準が低く、国家を挙げての殖産興業・富国強兵を推進する上での大きな障害となった。これが日本と雌雄を決する上での大きな痛手となる。

また日清修好条規で双方の解釈の相違を生んだ「所属邦土」の概念において、朝貢国を含めるか否か両国間で徹底的に意識の共通化を図らなかったことは台湾出兵琉球処分を経て対立、猜疑を深める原因となる。朝貢国を概念に含むとした清国は日本のことを約束を守らぬ信義に欠ける国と批判し、逆に含まないと解釈した日本は清国のことを国際法を知らぬ国と見なした。恐らくこのときの解釈の相違が、今日の日中両国の領土問題の根幹をなしているのではないか。そう思えてならないのである。

清末の大物政治家である李鴻章の伝記として、本書は大変興味深い。開国後の明治日本の歴史を読むのであれば、本書も併せて読んでおきたいところである。