市川眞一『中国のジレンマ 日米のリスク』(新潮新書)

中国のジレンマ 日米のリスク (新潮新書)

中国のジレンマ 日米のリスク (新潮新書)

証券会社に勤務する現役ストラテジストによる中国の現状分析及び今後予測。評価主体は中国の経済政策であり、これまで紹介した書籍とはいずれも異なるのが特徴。

中国がリーマン・ショックに端を発する国際金融危機を軽微な影響で切り抜けたことの最大要因として、一党独裁による意思決定の迅速さを挙げている。日米欧などの民主主義国においては金融危機に際して迅速な公的資金注入が議会によって捗らず事態を悪化させる中、そういった議会の反発を考慮する必要のない強力なリーダーシップは利点である、と論じる。

現在は土地価格上昇と経済成長率がリンクしているため一部で言われているようなバブル状況には陥っておらず、また日本に次ぐ巨額な金融資産を保有し、人民元をうまく制御していることも金融危機に陥りにくい要因としている。

一方、中国は今後の経済成長に見合うだけの資源(鉱物・エネルギー等)を国内へ供給し続けることが可能か否かという点でリスクを有し、また中国国内の需要拡大に伴う資源価格上昇が発生して国内のインフレ圧力を誘引する。それを回避するためには人民元を切り上げる必要があるが、人民元を切り上げれば中国製品が割高となって輸出産業が打撃を受け、失業者の発生など大きく経済的な損失を被ることになる。主題にある中国のジレンマとはこのことを指す。

中国が市場として拡大を続けるにしてもアメリカが世界経済の主体であり、ドルが基軸通貨であることに当面は変化がないと本書は論じる。それはアメリカが国際収支上で巨額な経常赤字を継続的に発生させている、換言すれば世界の供給を大きく引き受けている実態がある。一方の日中はアメリカに対して経常黒字、換言すればアメリカに自国商品を購入して貰っている関係にあるからだ。これにアメリカの強力な軍事力が加わり、アメリカは現在も世界経済の主体たり得る。もし中国が人民元を国際通貨とし、世界経済の主役に躍り出ようと思ったら世界の供給を引き受けるだけの購買力を保有し、また経済規模に見合った軍事力を有さなければならない。

中国は現在、日本が70年代に直面した状況に類似している。それは経済成長に伴う自国通貨切り上げの国際社会からの圧力であり、環境汚染に伴う環境対策の強化、そして労働環境改善を求める労働争議である。中国は過去に行った日本の動向を学んでいるとはいえ、中国が抱えているジレンマ、そして民主主義ではないが故に国民の不満のガス抜きを如何に講じるのか。著者はその対応次第で世界の覇権国にのし上がっていくか、それとも分裂・紛争状態となって国内が混乱するのか。中国と経済的な結びつきが強い日本は、いずれの場合に対しても対応可能なように国策を定めておかねばならぬ、というのが本書の主張。


国際貿易収支の話や、アメリカのFOMCによる量的緩和策がもたらすドルの過剰供給の影響など、経済に疎い私には途中から読み続けるのがだいぶ苦しくなってきた。資源やエネルギーの話であれば大分なれているのだが。この書籍は証券マンによる証券マンらしい本であるため、経済的側面から中国の動向を知りたい場合は大いに参考になる…かも知れない。個人的には大いに納得したので満足だが、別の経済理論によって別の推測をする人がいるのであれば、意見も異なるでしょうが。